旅行レポート
今まで催行してきたアドベンチャー的な旅行のレポートです。国内や海外で見たこと、聞いたこと、出あった事、感じた事をつづっています。
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ヒシダスポーツ観光株式会社

Author:ヒシダスポーツ観光株式会社
京都発信で、「サイクリング」や「スキー」「乗馬トレッキング」など色々な楽しいアドベンチャー的な旅行を企画催行しています。このブログでは今まで印象に残った出来事や場所をを紹介しています。興味を抱かれた方は是非下記のアドレスから覗いて見てください。
http://www.hs-tours.co.jp



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内モンゴル乗馬トレッキングツアー
草原を乗馬トレッキング 草原のど真ん中での昼食
 
以前催行した「モンゴル乗馬トレッキングツアー」の紹介です。一口でモンゴルと言っても二つあるって言うことをご存知でしたか。一つは独立国家としての朝青昇龍でおなじみの「外モンゴル」。もう一つは中国の自治区の一つである「内モンゴル」です。元々は一つの国だったんですが、いつの間にか中国に併合されていました。やがて旧ソ連と戦争が起こり、「外モンゴル」部分を割譲されましたが、その内に外モンゴルは旧ソ連から独立を果たしました。しかし、この二つには基本的に生活の様式は変わりませんでした。ただ、伝統的な「遊牧テント」は外モンゴルでは「ゲル」と呼ばれ、内モンゴルでは「パオ」と呼ばれる違いがある程度かな?しかし、近年での内モンゴルは中国の自治区らしく、政府の奨励により「遊牧「をやめ、定住する者が殆んどとなっています。
馬上の勇姿 モンゴルの夕陽

そんな内モンゴルに05年と07年に「乗馬トレッキングツアー」を催行しました。
先ずは北京へ飛び、国内線でフフホトと言う都市に向かうんですが、この、国内線ってまともに時間通りに飛んだことが無い。最初の年なんて乗り継ぎ一時間の予定が4時間掛かったっけ。
フフホト到着は夜になったので、草原へは翌朝に出発。目指すはモンゴルの草原「シラムレン」。約3時間のバスの旅でした。
バスが到着すると、降り口に民族衣装を着た出迎え者が、白いスカーフを首に巻いてくれ、度数の強い「白酒(パクチュ)」を薦められます。作法があり、手のひらを広げ親指と薬指をくっ付ける様に軽く曲げます。指をくっ付けた部分を「白酒」にちょっぴり浸け、天に向かってピッ!大地に向かってピッ!とそれぞれの神に感謝を込めて捧げる様に弾き、一気に飲み干します。お酒に強かろうが弱かろうがお構い無しに空けなければ歓迎の儀式はおわりません。
歓迎の儀式の後、割り当てられた「パオ」に案内されます。パオは伝統的な遊牧テントで、木を骨組みとしフェルトで全体を覆うと言う簡単なもの。中の足元はと言うと本来なら絨緞の下に断熱材として羊の乾燥した糞を敷き詰めてあるんですが、ここは「ツーリストパオ」と呼ばれる観光客向けの村なので、快適なように床を少々高く上げてあり、勿論「糞」なんて物はありません。その上不便で無い様に「裸電球」がぶら下がっています。この程度なら、「遊牧体験」の気分にも浸れます。ところで奥の方を見渡すと、「バス&トイレ」付きの「コンクリートパオ」がありました。窓まであり、ちょっと中を覗くとテレビまで完備されてます。中国人の金持ち客に需要があるそうで、金があるならホテルに泊まりゃいいのに・・・。
パオが決まればいよいよ乗馬の練習です。明日は終日乗馬トレッキングの予定ですが、例え一時間でも練習を・・・と言うことで、みんな初トライ!
私自身は「カナダ」なんかで体験済みでしたが、モンゴル馬は初めてです。欧米の馬に比べて小柄なせいか、非常に乗り(跨ぎ)易く感じられました。
さて、以前の体験を活かして歩き出させるのに馬の横っ腹を踵で軽く蹴ります。・・・・動きません。そうです、モンゴルの馬は欧米の馬と違って、横っ腹を蹴っ飛ばしても動きません。調教が違う用です。その内に「牧童頭」が先頭に立ち歩を進め出すとそれに従うように動き出しました。まあ、これはこれで乗せてもらっているだけと言った状況なので何も考えずにすみ楽チンです。
翌日は終日の乗馬トレッキング。朝からすっかり晴れ渡り、颯爽と吹く風にのって雲が流れていきます。標高1000mらしく、大きな雲の塊に手が届きそうな程、雲が空が近く感じます。周り360度には何もありません。あるのは自分を取り囲んでいる「地平線」だけ。
昼食は、草原のど真ん中で摂っていると、周りの雄大さに比べて自身は本当にちっぽけに思えます。途中に立ち寄った遊牧民の定住家屋では、羊の血を使ったソーセージや乳からチーズを作るところまで拝見できましたが、家屋の外の隅っこに少し血の付いた剥ぎたての白い羊の毛皮が無造作に置かれてあるのを見て少々考え込んでしまいました。
パオ村に戻ると、スタッフ達が色んなアトラクションを見せてくれます。「馬の曲乗り」「競馬」「モンゴル相撲」等でした。その内に陽が暮れだすと地平線には見事な「夕陽」が花を咲かせたように広がります。
夜になるとこの辺りには「街灯」なんてものはありません。そうです、空には「満天の星々」が現れます。生まれて初めて「天の川」なるものを見ました(多分)。標高1000mから眺める星はつかめそうなほど近いですよ!
とにかく夏のモンゴルって楽しいところ!乗馬に手の届きそうな空と星たち。
08年は残念ながら北京オリンピックの影響で催行できませんでしたが、来年はまた企画致します。乗馬に空に星に興味のある方は是非お問い合わせ下さい。
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テーマ:海外旅行 - ジャンル:旅行

大阪港渡船巡り
08大阪渡船乗り場
夏の真っ盛りに大阪方面にサイクリングに行ってきました。
実は、私自身が大阪の住吉大社にお札を頂に行く用があったためでしたが、折角行くのなら自転車で・・・と言う思いと、一人で行くのもなんだからと友人のM氏を誘って二人で向かいました。
朝の8時半に八幡の「御幸橋」で待ち合わせ出発。京阪電鉄沿線の牧野辺りまでは国道を走行し、そこからは淀川沿いの河川敷を走ります。車も無い道ですが所々に設置された「車止め」が快適な走行を邪魔します。でもこれが無ければ車両が進入して来るんだろうなあと思うと仕方なさを感じます。「毛馬の閘門」から大阪市内に入っていきますが、大阪市内って意外とアップダウンが多いんですね。アベ28?位で頑張ったお陰で、10時半に「住吉大社」に到着。「太鼓橋」を渡って境内に入っていくと、まだお昼にもなっていないと言うにも関わらず体温の高さはもうピーク!宮司さんが境内にホースで散水しているのを見つけ、思わず着装のまま水の落ちるあたりに飛び込むと、宮司さんは微笑みながら掛けていてくれました。無事お参りを済ませ、お札をゲット。
さて、ここからは大阪港まで30分と掛からない筈。予め下調べしていた情報では、その界隈に沖縄出身者が多く住んでいると言う「平尾商店街」があり、沖縄料理の店も沢山あるとの事。暑い中、「ソウキそば」と「オリオンビール」を目指してペダルを漕ぎ出します。
ところが、最寄の「渡船場」を見つけられず、大阪南港に入り込んでしまい1時間位迷走。大阪南港と大阪港はなんと車でしか行き来出来ないんですよね。お昼にもなり仕方なく「オリオンビール」を諦め、かなり戻ったところにあったごく普通の食堂に飛び込み、ビールと焼きうどん定食でお昼を摂りました。ところがそこの食堂のおばちゃんに情報を聞くとなんと「渡船乗り場」は直ぐそばの脇道を300m入った先にあるとの事。
食堂でお茶の補給をさせてもらい再出発。最寄の「渡船場」は直ぐに見つけられました。そこは「木津川渡船場」と呼ばれています。かつて大阪には29ヶ所もの渡船場があったそうですが、現在は8ヶ所が残されています。渡船は道路扱いなので乗船料なんてものは要りません。財政難の大阪市も粋な計らいをするもんですね。確かに渡船場の近くには桁の高い橋が建っています。自動車ならなんでもないものでしょうが、歩行者としてただ向こう岸へ行き来するだけのためには、地域住民にとっては大層な話で、渡船が残されるのも充分頷けます。木津川渡船はそんな8ヶ所の中の一番南端に位置し、我々はここから北上しながら巡ります。出港間隔は距離が短いところで15分~20分で、天保山渡船のような距離のあるところは30~40分間隔のようです。乗船時間は大体1~2分でした。
08大阪渡船船上
08大阪渡線船上美崎
木津川渡船を渡ると、そこから自転車で5分と掛からないところに「船町渡船場」に到着です。休日のせいか地元の中学生ものんびりと待っていました。船町渡船場からは次の「千歳渡船場」までは7分位かな?ここは川を渡ると言うよりも港の一番細い水路を横切ると言った感じです。この千歳渡船場の界隈は住宅が多いせいか、乗船客は一番多かったようです。頭上には大きな橋が架かっていますが、勿論誰もあの高さまで登って橋を利用する気は無さそうです。ここからはまた5分程で「甚兵衛渡船場」に着きましたが、やはりまわりに民家が多いほど利用者も多くなるんですね。ここは近くに橋も無く自動車は遠回りを強いられます。
甚兵衛渡船からの次は「天保山渡船場」で、渡れば「ユニバーサルジャパン」となるのですが、天保山までは少々距離があり時間も時間なので、次回のお楽しみとして帰路に就くことにしました。
帰路のルートは、これも少々拘ったのですが安治川の「源兵衛渡し跡」にある「安治川トンネル」を利用して淀川沿いに出るルートです。甚兵衛渡船場から天保山と逆の東の方向に向かいます。やがて、右手に「大阪ドーム」が現れ、ドーム前の道を左折した先に安治川トンネルがありました。入り口はエレベーターとなっており、一気に川底のより深いところまで降ります。入った方向の反対側の扉が開き、真っ直ぐ自転車を押して進むとそこはもう川の下。トンネルは幅2mで長さは80m。仕様は「関門海峡トンネル」と同じだ。勿論長さは900m近くあり規模がちがう。
外界の暑気が嘘の様に涼しい。ずっとここで涼んでいたいが、警備員も常駐しているほど利用者も多そうなので、仕方なく反対側のエレベーターに乗り込み地上へ。出口では利用者が20人くらい待ち構えていた。そこからは淀川沿いを走り、毛馬の閘門から河川敷を走行。復路は追い風となり、途中の車止めでいちいちペダルからビンディングを外さねばならないM氏を尻目にアベ30?位で飛ばす。京阪牧野辺りからは国道を走行したが、調子に乗って32~3?位出ていたようでした。夕方6時には「御幸橋」に戻れました。宇治の自宅から帰着までの走行距離は約120?。久々に充実した走りが出来たのと、ただ走るだけでなく「渡船」を乗り継いだりした観光の要素が相まって、また行ってみたいと思わせる一日のコースでした。
合言葉「船でも渡るよ」

テーマ:自転車旅行 - ジャンル:旅行

戦場に掛ける橋
泰緬鉄道橋脚
泰緬鉄道走行
5月のとある日、ある会社の慰安旅行に添乗員(普段は普通の旅行業務を行っています)として、「微笑みの国/タイ」を訪れました。自身としては7回目(?)の訪問でしたが、今回はフリータイムが丸一日あったので、「カンチャナブリ」と言う観光地を個人的に訪問してみました。
「カンチャナブリ」はバンコク市内から車で片道約二時間の距離にあり、タイの人達にとっても人気ナンバーワンの観光地です。この地は、第二次世界大戦中に日本軍が連合軍捕虜を使役して施設された「泰緬鉄道」が残っているところです。最初に訪れたのは博物館で、連合軍の捕虜達が寝起きした竹組みに椰子の葉で屋根を葺いた舎屋を再現したもので、その中に当時の生活用品や過酷な労働と生活の様子が描かれた絵等が展示されています。次に訪れたのが連合軍捕虜の共同墓地でした。整然と並んでいる石碑の一つ一つには、名前は勿論、国名と階級、それに家族や友人から贈られたと思われる別れと讃える言葉が刻まれていました。この2ヶ所を訪れると日本人としては非常に辛い思いに捉われます。
次に訪れたのは、「クワイ川に掛かる橋」でした。そう、あの「戦場に掛ける橋」の舞台となった実在の鉄橋です。現在列車は一日に2回通過するだけなので、大抵の時間の間は橋を歩いて行き来できます。線路幅は意外と狭くその間に道板が敷かれていますが、行き違う時はどちらかが道を譲るか線路の上を歩かねばなりません。橋の情景は映画を見られれば理解できるかと思いますが、他にも「北野たけし」「坂本竜一」「デビッドボウイ」の出演で有名な「戦場のメリークリスマス」もこの「泰緬鉄道」を取り上げた映画ですので参考に。
「泰緬鉄道」は当時の日本軍が延びきった前線への補給物資のルート確保の為に、タイからビルマ(現ミャンマー)に掛けて建設されたもので、その長さは総延長300Km近くにも及び、当時の試算で5年掛かるという建設期間を僅か1年足らずで完成させたのでした。その期間短縮は工事の過酷さを容易に想像ならしめるものです。勿論捕虜の死傷者はかなりの数となりましたが、現地の労務者の死傷者数はそれ以上とも言われています。
12:20。列車が近ついて来ました。12:25発の便です。これに乗り込み、ここから約1時間の列車の旅を味わいます。出発と同時に「クワイ川鉄橋」を渡ります。渡橋後はしばらく田畑風景を眺めながらの走行です。
泰緬鉄道軽食
車内では約15Cm四方の箱が配られてきました。中身は紙コップと水とタイのクッキーがパックになっています。その内にホットコーヒーが注ぎに廻られてきます。揺れと振動と風の三拍子揃った状態ではちょっと危険ですよね。やがて6輌編成の列車はスピードを落とし始めました。田畑地帯から川沿いに入ったようです。川岸は切り立ち入り組んでいます。線路は出来る限りの一直線を確保する為入り組んだ個所は橋脚で繋ぎます。物資も乏しい時代なのでそんな個所は勿論木造です。その上ろくな建設機械も無い状態でしたから、自ずと人力に頼らざるを得ず、この辺りが死傷者を最も多く出した難所となってしまったようです。田畑地帯では時速5~60㎞位で快調に飛ばしていた列車も、川沿いに入った途端時速15㎞程度にスピードを落としています。それもそのはずで、木造の橋脚って結構揺れるんです。飛ばしていた時とは全く別の揺れです。その上橋脚からは「ミシ・・ギシ・・」とそれは恐ろしい軋み音が聞こえてきます。よくジェットコースターなんかで、鉄製よりも木製のコースターの方が速度は遅いのに恐ろしく感じられると言われますが、正にその効果を体験しているようでした。
この川沿いの最後の橋脚を渡ったところが駅となっており、直ぐそばの川を見下ろす位置に椰子の葉で葺かれたレストランがありました。時間は丁度13:30。遅めの昼食となりましたが、同じ列車から降りた観光客が一斉に食事を摂ったため少々ごった返しました。タイ風の料理をビュッフェスタイルで頂きましたが、川風に当たられながら美味しく頂けました。
そこからは車でバンコク市内まで戻ったのですが、列車に乗った分距離も時間も延びた様で復路は3時間近く掛かったかな?ちょっとくたびれた9時間の小旅行でしたが、日本人としては負の遺産として知っておかなけらばならないものも知り得た一日でした。

テーマ:タイ - ジャンル:旅行

城崎温泉と鳥取砂丘サイクリング
今日は、今年の春に催行した城崎温泉と鳥取砂丘サイクリング」を紹介します。
京都をバスと搬送車で出発しスタート地点の福知山に到着。さすがに同じ京都府内、約二時間位で到着。ここからは上級者がスタートです。初級者はこの先の上りが9㎞程続く「登尾(のぼりお)峠」を越えてからのスタートとなります。そこからは長くて緩い下りが続きます。
途中に、今話題の卵かけご飯専門店なる「但熊」が現れ、思わず全員が立ち寄りました。350円を払うとご飯と味噌汁のセットが渡されます。テーブルにつくと山積みの新鮮卵と5種類の専用つゆが備わり掛け放題!皆さん複数個の新鮮卵を堪能。中には4個も食べた方もおられ、お昼に立ち寄った蕎麦の「出石」ではもう昼食どころではなく、散策のみとなった方が多かったようです。
出石からは「出石川」と「円山川」沿いを走行。道は川沿いのお陰で平坦のような下り。しかも、交通量の多い国・県道から逸れた土手道走行のお陰で、60kmの距離を感じさせないのどかで楽な走行が楽しめました。途中には古い地層の「玄武洞」なんかもあり観光要素も充分。「コウノトリ公園」迄足を延ばされた方は80㎞を超えた様です。
城崎温泉には、早目に到着出来たので、夕食までの間に「外湯巡り」を楽しみます。翌日の早朝にかけて「七湯」全て巡れた方は二人もおられました。
2日目は朝食後「JR城崎温泉駅」迄徒歩移動。やがて廃線となる「餘部鉄橋」を観光する為「浜坂駅」迄列車移動。残念ながら「餘部鉄橋」は一瞬しか見れませんでしたが、渡ったことに意義ありました。
「浜坂駅」に到着すると、先回りしていた搬送車が自転車を降ろしています。ここからは「鳥取砂丘」経由鳥取市内迄のサイクリング。天気に恵まれた海岸線の走行は、時折上り坂で辛い場面もありますが最高の爽快感。お昼には鳥取砂丘に到着でき、ランチタイム。そこへ、城崎温泉から「鋳物師峠」を越えて走ってきた「上級組」が追いついて来ました。なんと幾つかの峠を含む約80㎞を5時間程で走はしてこられたんです。
再集合地点の「JR鳥取駅」前迄は約6㎞。駅前に「温泉町」と言う町があり、その名のとおり温泉が豊富に湧出しており「銭湯」もなんと温泉。今回はそんな銭湯の一つ「日の出温泉」がゴール。
さっぱり汗を流した後帰途に就きましたが、出発するところでタイミングよく雨が降り出して来ました。
今回は一日目が初心者で60㎞と二日目が40㎞の約100㎞を楽しみました。
合言葉「ヒルクライム」

テーマ:自転車旅行 - ジャンル:旅行

夏のフィンランドサイクリング&ネイチャーツアー
以前、フィンランドでの「冬遊び」を載せましたが、今回は昨夏に催行しました「夏のフィンランド/サイクリング&ネイチャーツアー」の紹介です。
2007年の8月の終り、北欧のオーロラ地帯と呼ばれる北極圏の「ラップランド」を訪れました。関西空港を出発したフィンランド航空はヘルシンキで国内線に乗り継ぎ後ラップランドの入り口となる「ロヴァニエミ」に到着。
翌日は博物館と「サンタクロース村」を訪れ、そのまま「ユッラス」へ移動。ユッラスでの宿泊先はコテージを利用しました。2~4人単位で1棟利用しましたが、各棟にはキッチンも備わっています。バスタブはありませんが、北欧らしく「サウナ&シャワー」が完備。夏季で使用はしませんがリビングには「暖炉」まであります。
3日目、この日はサイクリングの小手調べ。と言う事で予約しておいたショップに赴き、自転車を借ります。行き先は「コラリ」と言う小さな街。先ずは最寄のスーパーで昼食用の弁当(サンドウイッチ)や水分を調達の後スタート。ユッラス山の裾野を回り込み片道25kmの道程です。裾野の上りを越えればコラリまで下り。コラリはスウエーデンとの国境の街で、街中の橋には国境線がありますが、通関所も無ければ監視員もおらず、パスポートも持たずにあっさりと越境。ほんとにここはスウエーデン?近くに売店があったので買い物をしてみると、なんと通過は「クローネ」。フィンランドは「ユーロ」なので確かにここはスウエーデンでした。今回は自転車に乗らない留守番組がおり、皆がサイクリングを楽しんでいる間に、各棟のキッチンを利用して夕食作り。メニューは久々の日本食として「カレーライス」。日本から米とカレールーを持ち込み、他の食材は現地調達。でも、折角北極圏に来たんだからお肉は・・・・そう、「トナカイ肉」。こちらでは「レインディアー」と呼ばれ結構ポピュラーな食材でした。夕食の用意も整いましたが、自転車組はまだ帰ってきません。その内雨も降り出してきたので、ホテルで車を借りて救援部隊出動。上手く皆と出会え、宿舎に帰着。夕食は屋外で焚き火を囲んで・・・・と言った趣向の予定でしたが雨のためホールをお借りして頂くことが出来ました。
4日目は、このユッラスから「レヴィ」迄の約50Kmのサイクリング移動。この日はサポートとして大型バス(トイレ付き)が伴走してくれるので安心です。大きな荷物は勿論バス。コースは空港のある「キッティラ」を経由してのルート。
ところで、フィンランドって、地図で見る限り殆んど平坦に見えるんですが、実際は等高線内に表しきれない高低差が結構あります。ロードサイクルなら下りのスピードを利用して上りに少々力を添えるだけで上りきれる位の高低で気持ちよさそうなんですが、やはりMTBでは少々厳しいようです。
道路は車が非常に少なく道端にはゴミも全く見られません。途中の休憩では舗装路脇に自転車を停めてしゃがみこむとそこいら中に野生の「ブルーベリー」がいっぱい!休憩ごとに頬張っていたっけ。
フィンランドの道の脇には所々に「KOTA(コタ)」と呼ばれる三角形の小屋があります。昔から厳しい自然の中を移動する際に休めるよう作られた無料の休憩小屋です。中は自由に火を焚いたり出来るよう薪なども用意されています。利用者は責任をもって火を起こし、始末します。日本なら、設備は盗まれ、壊され、落書きされ・・・・・なんて情景が直ぐに思い浮かびます。欧米人の公共心に頭が下がるのと、現代日本人の公共心の無さに情けなさを覚えます。コタの傍にあるトイレも木作りですが、水は流れません。代わりに「おが屑」が傍らに盛ってあり、用便後はそれを振り掛けます。究極のバイオですね。キッティラからは国道沿いを走行する為残念ながら車が多くなります。
「レヴィ」は、お椀を伏せた様レヴィ山の麓に最近造られたリゾートです。レヴィ山には山頂までゴンドラが一本掛かり、又、山頂からは放射線状にリフトが延びています。スキーの場合山頂から方角を誤ればとんでもない方向に下ってしまい、もとに戻るにはまた山頂に戻るしか無い様なところです。裾野は北欧らしくグルッとノルディックスキーコースとなっています。やはり、ここはフィンランドの冬のメッカ。さすがに夏は少々閑散としています。
今回はそんなレヴィの「シルカンタハティ」と言うホテルに滞在。部屋はツインと言いながら梯子が備わり、その先を覗くと2~3人がゆったりと寝られるロフトとなっていた。こんなところなら家族で利用したいものです。
5日目はネイチャーハイキングの日。現地ネイチャーガイドを雇い付近の山を案内してもらいます。ホテルで拵えてもらったランチバッグと本日の獲物用のバケツを携えて出掛けます。目指すは標高2~300mの山々(こちらの山は標高自体あまり高くない。緯度は高いが・・・・)。獲物は「ベリー類」と「キノコ」。残念ながら本日の獲物は無し。みんな空のバケツをもって戻ってきました。
6日目は夕刻までフリータイム。さすがにリゾート。色々なアクティビティがあります。みんな観光センターで思い思いのアクティビティを申し込みます。乗馬・ゴルフ・トレッキング・ルアーフィッシング等。私は、MTBを駆ってレヴィのゴンドラ乗り場へ。ここのゴンドラには自転車を載せこむ事が出来るんです。先ずは、山頂から荷揚げ用の舗装路を駆け下ります。下りっぱなしでスピードが出るわ出るわ。風に当たる額からはどんどん熱が奪われ痛い位でした。もう一度山頂に戻るとトレッキング組と遭遇。そこで記念写真。お椀を伏せたような山の山頂からは360°の展望が開けます。付近には「トナカイ牧場」もあり自由に出入り出来ます。
山頂からは今度はダートコースを選びました。元々はスキー場。ルートは色々選べますが、ガイドマップの初心者コースを選んだにもかかわらずMTBならではの走行が楽しめました。
夕刻は荷物を纏め、キッティラ空港からヘルシンキへ空路移動。昨日のネイチャーガイドが空港まで見送りに来てくれていました。
7日目の朝から午後の出発まではヘルシンキ市内観光を楽しみ、日本へ帰国の途に就きました。
今回の旅で思ったのは、フィンランドの人達は非常に親日的(日露戦争勝利のおかげ?)であるのを感じたし、また、日本人なら自然を守ったりする為の行動を起こしたり接したりするのに身構えたりするけど、こちらの人は身構えることなくごく自然に自然と付き合う術を知っているようでした。

テーマ:北欧 - ジャンル:海外情報

飛騨路サイクリング
お待たせしました。ツアーブログの復活です。先日(2008年7月26日)飛騨路サイクリングツアーを催行しました。京都を7時に出発。いつもならバスと搬送車で行くのですが今回は参加者が少ない為、大型バスに自転車を積み込んでの催行です。バスは予定通り11時に飛騨清見IC下に到着。早速準備を整えサイクリング開始。本日の走行距離は約63Km。その内の半分以上が下りと平坦と言った初心者にも充分楽しめるコース。先ずは小鳥(おどり)川沿いを下ります。大型バスは通れない程度の田舎道を快適に飛ばします。「小鳥ダム」からの下りは少々急ですが、無事下り切ると小さな村が現れます。郵便局を兼ねた売店(こんなところが田舎らしい)の前に、湧き水が引かれ清清しい水が水受けに貯められています。そこにはなんと数本の形の不細工な「胡瓜」が浮いており、水受けの縁にはご丁寧に塩まで置かれていました。勝手に頂いていいものかと躊躇していると、近所のおばちゃんが追加の胡瓜を持って、「出荷できないもんやからどんどん食べて!」との事。こんな場面に触れ合えるのも旅ならでは。その先も小鳥川沿いの緩い下りは続きます。途中、おばあちゃんが2~3人で賄っている食堂でお蕎麦の昼食。国道42号線手前には上りの長い「野口トンネル」がありましたが、右手に迂回路があり安心して通過。やがて42号線に合流すると飛騨高山までは残り約25Km。ここからはずっと平坦路。ここからは残念ながら自動車と同走。しかもそれまでは山間の涼しい木立の中を快適に走って来た為暑さもひとしおに感じられました。飛騨古川を通過し飛騨高山に到着する頃には頭に思い浮かぶのはただ一つ「風呂に入りたい・・・!」。飛騨高山にはなんと7~8ヶ所の「銭湯」があります。バスとの待ち合わせ場所の「神明駐車場」からは、至近に「中橋湯」があり、全員がお風呂を楽しんだのは言うまでもありません。その後予定通り5時に出発。京都には9時に帰着できました。ところで、今回のコースは日帰りで60㎞超というコースでしたが、半分以上が「下り」で残りは平坦路だったので、初心者でも充分に楽しめるコースとなりました。又、山間は自動車の交通量も少なく安心して走れるところです。物足りないと仰る方には国道42号線合流後、「数合高原」を回り込む20kmを追加することが出来ます。但し10kmいじょうの上りが待ち受けていますが・・・・。まあ、とにかく初心者から上級者までが楽しめるすばらしいコースでした。次の機会には「若葉の萌える春」や「紅葉の秋」に走って見たいものです。
合言葉:「小鳥川の川下り」

テーマ:自転車旅行 - ジャンル:旅行





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